新たな時代に【騙し絵の牙】―『本屋大賞特集第二回』―

様々なライターが、2018年・本屋大賞にノミネートされた10作品を紹介していく特集です。第2回は塩田武士さんの「騙し絵の牙」です。

  

 

 

あて‐がき【当て書(き)】

演劇や映画などで、その役を演じる俳優をあらかじめ決めておいてから脚本を書くこと(goo国語辞書)

 

 

騙し絵の牙

騙し絵の牙

 

 

 

本書の主人公であり、出版社で編集長をしている「速水」は俳優の大泉洋さんを当て書きして描かれている。

言うなれば、大泉洋さんが主演の「小説」という体であり、少々変わった、話題性のあるテイストの作品なのである。

 

 

 

内容について、キャッチコピーなどでは、この「大泉洋さんを当て書きしたこと」と、いわゆる「どんでん返し」の魅力が前面に出ているように感じる。

「大泉洋さんを当て書きした、後半どんでん返しのある小説」といった具合にだ。

たしかに、大泉洋さんを当て書きして書かれているのは話題性があるし、後半の「どんでん返し」も魅力的ではある。

しかし、読まれた方は、本書の魅力はむしろ内容の「テーマ」にあると感じられる方も多いのではないだろうか。

(これから読まれる方は、ぜひそうした部分にも着目してみてほしい)

 

 

私自身、そのように感じたこともあり、本記事では、その「テーマ」について触れてみようと思う。

本書は、出版業界が舞台のフィクション作品である。

元新聞記者の著者らしく、取材や自身の経験に基づいて書かれたのだと思うが、ITメディアなどが躍進する現在の世の中において、出版業界の抱えるジレンマや葛藤などについて、実にリアルに書かれている。

 

 

 

この「出版業界の現状と未来」というのが面白いのである。

ITやネットが躍進する中で、紙媒体の書籍や雑誌が売れなくなっていく。

そんな中で、今後、紙媒体の出版物を発行してきた出版社は今後どのように舵を取っていくのか。

そうした出版業界の全体的なテーマから、出版社内の人間関係や社内政治の仕組みなどにも触れられているのだから、出版業界に興味がある人にとってはもちろんのこと、単なる読書好きにとっても、それだけで関心を持てるだろう。

 

 

 

本書の最後に主人公の速水は一つの結論を出す。

これが後半の「どんでん返し」にもつながっていくのだが、この結論が著者なりの出版業界に対する提言にもなっているように感じられるのだ。

 

 

 

本書が「現役の俳優を当て書きしたことを大々的に宣伝した社会派小説」という、新しい形のメディアミックスであることにもリンクしているようにも思われ、舌を巻いた次第である。

 

 

 

最後に「テーマ」以外の内容の魅力について触れると、「キャラクターの造形の深さ」が挙げられる。

大泉洋さんを当て書きした「速水」はもちろんのこと、キャラクターの造形にも気を配り、1人1人のキャラクター性に手を抜いていないところが、素晴らしい。

端的に言えば、それぞれの登場人物が本書内の生活の中でリアルに息づいているのである。

 

 

 

「話題性」、「内容の深さ」、「人物描写」。

この三点が揃った本書であるが、本屋大賞にノミネートされたのも大いに頷ける。

 

(文/三田稔)