最後の卵焼き(バケット付き)【映画の「食べる」を楽しむ:「シェフとギャルソン、リストランテの夜」】
街を歩いていると、
「お、こんなところに新しい店ができてる。前どんな店があったとこだったっけな…?」
となることが、ままある。
「この前できたばっかりだったのに、もう無くなってる!」と驚くことも。
新しい店が出来ては消え、出来ては消えするような場所もあるし、日々様々な場所で古い店が消え、新しい店が生まれるといった循環が起きているのだろう。
誰もが一度は遭遇するくらい身近な出来事ではないだろうか。
その出来事に対して、人によっては、寂しさを感じることもあれば、やっぱりなと一人ごちることもあると思う。
日々循環する店の中でも、飲食店については、特にそのスピードが早いのではないだろうか。
日本政策金融公庫が行なっている「新規開業パネル調査」における業種別廃業状況(2011年から2015年の5年間)では全業種の廃業率の中でも、飲食店・宿泊業の廃業率が最も高く18.9%となっているのだ。
それだけ飲食店や宿泊業の経営を継続することは難しいということなのだろう。
今回は、そんな崖っぷちイタリアンレストランを舞台にした「シェフとギャルソン、リストランテの夜」および同作品に登場する「卵焼き(バケット付き)」を紹介する。
〇 「シェフとギャルソン、リストランテの夜」について
1996年公開のアメリカ映画。
アメリカ東部に住むイタリア系移民の兄弟が経営しているレストランが舞台で、弟の名前がセコンド、兄の名前がプリモで、セコンドがギャルソン、プリモがシェフといっ役割た分担である。
彼らの経営するのはイタリア料理店で、祖国イタリアの味そのままで、美味しいことは美味しいのだが、アメリカ人と料理に関する感覚が違うこともあって、客足は遠のくばかり。
店の経営は非常に苦しく、借金もあり、セコンドは恋人・フィリスから結婚を迫られながらも、躊躇ってしまう状況だ。
一方、同じくイタリア系移民で、大繁盛しているイタリアン・レストランの経営者パスカルはプリモの腕を買っており、兄弟まとめての引き抜きをはかっているが、彼の店の味が気に入らないプリモが頑なに拒否している。
そんな兄の姿に若干の苛立ちを覚えながらも、裏切れないセコンド。
そんなある日、セコンドは経営難の店を延命させるべく、パスカルに借金を頼みに行く。
これは断られるのだが、パスカルは兄弟のために「自分はルイ・プリマ(※実在する著名なジャズミュージシャン)と繋がりがあるので、話題作りのために、兄弟の店にルイ・プリマを呼んでやろう」と提案する。
もしもルイ・プリマが来るとなれば、話題になり、客入りも良くなる。
そう考えたセコンドは、パスカルを嫌う兄・プリモにパスカルの紹介であることは伝えず「ルイ・プリマが来る」とだけ伝えて、盛大なパーティの準備をすることになる。
少し長くなったが、ここまでが本作品のあらすじだ。
美味しそうな料理が多数登場し、作品を盛り上げているだけでなく、移民の苦悩にもスポットを当てるなど、社会派な一面もある作品である。
本作品のDVDには、同作品中のパーティで登場するコース料理のレシピも収録されており、見終わった後に、実際に作中の料理を作って楽しめるといった要素と含まれている。
〇 最後の卵焼き(バケット付き)
本作品終盤に登場する卵焼き。
オムレツと言いたいが、本当にオムレツかよくわからない。
ここでは、恥も外聞もしのんで「卵焼き」と言わせてもらう。
この作品はレストランを舞台にしているということもあって、美味しそうな食事シーンが多く、そのメニューも多彩である。
しかし、この「卵焼き」。
ネタバレになってしまうので、あまり詳しく書くことはできないが、これこそ観る者に強烈な印象を与える作中屈指の料理だと僕は感じた。
物語のラスト、パスカルらを招いたパーティを終えた翌朝にセコンドが朝食として作るのがこの「卵焼き」である。
普段料理をしないセコンドがフライパンを握り、作るという点でも特徴のあるシーンだ。
パーティから一夜明け、静寂に包まれた厨房を漂う、なんとも言えない雰囲気の中で作られる卵焼き。
なんとなく白く燃え尽きたように感じられる雰囲気が、妙にきれいに感じられる。
フライパンを握るセコンド、また厨房で兄弟が横並びで肩を抱き合いながら無言で食事する様子から様々な感情が読み取れる名シーンである。
これ以上はネタバレになりそうなので、続きは本編を見て感じていただければ。
なんといっても、卵焼きを作るシーン、バケットとともに食べるシーン、兄弟が肩を組むシーン、どれも美しいので。
なんとなく雰囲気が愛おしい作品である。
(文/三田稔/ライター)